検索
  • 店主

その日常

待つ、という言葉がある。

店主はいつからか、待つ事が好きな人間になっていた。

学生の時分はあんなにせっかちであったのに。



この待つという言葉を解体すると、"道の途中で、何かをもっている人"といった意味がある、らしい。

つまりは待つ側の人間は"何かをもっている"必要がある。


その話が本当だと、"待つ"事とは暇な時間を潰す行為と異なる事なのだろう。


何かを待つ時、もし待った先にあるものが同じものだとしても、その待ち方によって違うものになるのかも知れない。

そういった、可能性の塊が待つ事なのだ。


その時に備えて、その時を想い、その為に準備をする。

こんなに心躍る行為は中々無い。



店主はその喜びの為に、今日も独り"待つ"


その時が来ることを信じて。









カチャリ











店主

32回の閲覧

最新記事

すべて表示

一念

一念の消費期限はいつなのだろうか。 我らが相棒、広辞苑を開くとこう教えてくれる。 ①心に深く思うこと。一筋に思うこと。また、その心。源氏物語横笛「この世にて数に思ひ入れぬことも、かの今はのとぢめに―のうらめしきにも」 一筋に思うこと、 心に深く思うこと、 それはいつ終わるのだろうか。 例えば、愛のような心の深い部分に作用するものだって、契約を交わしても35%の人々は終わりを迎えし、3年で覚めるとい

頭痛は痛いし、空は廻ってる

店主の思春期は、それはそれは暇だったもので、本を読む時間に殆どを使っていたと思う。(音楽は聴いていなかった) 今も昔も新書の類いは得意になれず、当時から古い純文学をなるべく時間をかけて読んでいた。 この頁達が最後までいってしまい、また暇になる事を恐れていたのかもしれない。 このような日々を過ごしていると、周りからは本好きと認知され、その前提で接してくる人も増えしまっていた。 私はそんな事をしたこと

不安というものは泥のようなものである。 店主が生まれ育った場所は名前は一応東京都であったが、歩いて数秒で鬱蒼とした森が広がるような場所だった。 小学校に馴染めない時は学校に行ったふりをして森で独り時間を過ぎる事を待っていた。 そういう意味でも店主の情操を育んだのはあの森だったのかもしれない。 ある日、雷雨が過ぎ去った天気の良い日。 雷が木に落ちて倒れていた。かなりの大木だったと思う。 なんとなし

特定商取引法に基づく表記

©2020 No Room For Squares