top of page
検索
  • 執筆者の写真店主


久方ぶりに遠出をする。



半径1キロ以内で生活している私にとっては乗り換え一つするだけでも遠出な気持ちだ。

店を開けてから数年、随分幼い感覚になったものである。



遠出をするという事実に気持ちが昂り過ぎて持ってくるはずの小説を忘れてしまった。

少しどんよりとした雲を涼しい場所から眺めては、あの話の展開について思いを馳せる。




そんなことをしていると、両の眼から入ってくる情報は脳に届かずに体内で悲しく彷徨っていたのだろう。

そんな無為な時間も愛おしくなる程に、忙しない毎日だった。

急に窓の先が明るくなった。




かわ、だ。

土手があり、遊歩道があり、真ん中を悠々と渡る川がすぎた。

私は時速60キロ程度で高速移動しているのだから、その川と相対したのはほんの数秒だった。

その数秒で、小説の事など忘却の彼方へ飛び、その隙間に沢山の思い出湧き出てきた。




店主は川のほとりに居を構えた事が数年ある。

学生の時分だった店主は、やる事が無い時は川でぼーっとして、ひどく酔っ払った日は家にたどり着けずに草っぺりで朝まで過ごし、何にもならない事を考えながら動く雲を眺めていた。

川の風や香り、日々変わっていく草木の暖かさや冷たさ。

遠い記憶が少し呼び覚まされる。




これはあの川ではない。

あの、愛おしい、人の営みと共にあるただ佇まいは同じだった。

帰りたいとは思わないけれど、戻りたいとも思わないけれど。

あの時の感受性と今はどのくらい変わったのだろうか。






そんな気持ちになっていたら、目的地に着いた。

案外近いものだなとホッとしながら、私は扉をくぐった。

閲覧数:122回0件のコメント

最新記事

すべて表示

10

25歳の時に、どうやっても人生が上手くいかず、もうやめようとしていた。 それも上手くいかず、どうしたものかと途方に暮れていた。 何も解決されないまま日々が過ぎ、一つ決め事を作った。 10年だけ、頑張ろう。 10年は遠い未来だ。そこまで頑張れば満足してゴールすることが出来るだろう。と思う事にした。 どれだけ大変な事があろうと、10年は這いつくばって人生に縋ろう。 25の時の絶望がちっぽけに思える程、

善い人の生

良く"死ぬ時は良い人生だったなぁ"と思って逝きたいという話を聞く。 良い人生とは何か。店主はよくわからない。 多分、ずっとわからないのだと思う。そんな気がするのだ。 だから、店主は死ぬ時まで頑張った人生だったと思いながら逝きたい。 どれだけ辛い事があろうと、どれだけ人に笑われやうと、頑張り続けて終わりたい。 店主

食べたもの

店主は同世代と過ごした期間があまりない為、「想い出の音楽」という記憶が少ない。 たぶん、浜崎あゆみとか、えーと、なんだ? スマップとか流行っていたっけ? そもそも音楽でご飯を喰う(と広義で言っていいと思う)とは思ってもいなかったもので、大学入ってからの音楽体験が店主のバックボーンであるのだと思う。 そう思って32年間生きてきている。いや、いた。 何でそんな話をしているのかというと、つい先日それが揺

Comentarios


bottom of page