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執筆者の写真店主


久方ぶりに遠出をする。



半径1キロ以内で生活している私にとっては乗り換え一つするだけでも遠出な気持ちだ。

店を開けてから数年、随分幼い感覚になったものである。



遠出をするという事実に気持ちが昂り過ぎて持ってくるはずの小説を忘れてしまった。

少しどんよりとした雲を涼しい場所から眺めては、あの話の展開について思いを馳せる。




そんなことをしていると、両の眼から入ってくる情報は脳に届かずに体内で悲しく彷徨っていたのだろう。

そんな無為な時間も愛おしくなる程に、忙しない毎日だった。

急に窓の先が明るくなった。




かわ、だ。

土手があり、遊歩道があり、真ん中を悠々と渡る川がすぎた。

私は時速60キロ程度で高速移動しているのだから、その川と相対したのはほんの数秒だった。

その数秒で、小説の事など忘却の彼方へ飛び、その隙間に沢山の思い出湧き出てきた。




店主は川のほとりに居を構えた事が数年ある。

学生の時分だった店主は、やる事が無い時は川でぼーっとして、ひどく酔っ払った日は家にたどり着けずに草っぺりで朝まで過ごし、何にもならない事を考えながら動く雲を眺めていた。

川の風や香り、日々変わっていく草木の暖かさや冷たさ。

遠い記憶が少し呼び覚まされる。




これはあの川ではない。

あの、愛おしい、人の営みと共にあるただ佇まいは同じだった。

帰りたいとは思わないけれど、戻りたいとも思わないけれど。

あの時の感受性と今はどのくらい変わったのだろうか。






そんな気持ちになっていたら、目的地に着いた。

案外近いものだなとホッとしながら、私は扉をくぐった。

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