検索
  • 店主

食べたもの

店主は同世代と過ごした期間があまりない為、「想い出の音楽」という記憶が少ない。


たぶん、浜崎あゆみとか、えーと、なんだ?

スマップとか流行っていたっけ?


そもそも音楽でご飯を喰う(と広義で言っていいと思う)とは思ってもいなかったもので、大学入ってからの音楽体験が店主のバックボーンであるのだと思う。

そう思って32年間生きてきている。いや、いた。



何でそんな話をしているのかというと、つい先日それが揺らいだ一件があったからだ。


事の発端は、日本が誇る謎のイベント”レコードの日”だ。

毎年文化の日に開催するイベントなのだが、店主は新たな再販が出るかどうか位しか興味がない。だって、”レコードは文化的なもの”だからが選定理由なのだもの。 別にCDだってDATだってLDだってBETAだって文化的なものじゃないか。レコードが文化的だという事でそれらが“非文化的”だと言っているようなものだし、そもそも文化の継承という機能以外にレコードが果たしている役割は大きいので、この日に便乗してなにかしようとは思っていない。


しかしながら、人間は現金なもので...

興味があったレコードが再販されるとするならば、その恩恵は信念を曲げてでも頂きたくなるものだ。

と、いうわけで。

再販されたレコードをいくつか購入していた。内容は全て聴いていたものなので、ゆっくり店に持っていくつもりだ。


購入したレコードの中でnujabesの作品もあった。 購入したときは"没後10年かぁ。懐かしいな"程度の意欲だったが、店で針を落とすと遠い記憶が蘇った。




2004年、店主が高校生になる年の或る深夜。

よくわからない、相撲ダイジェストの後始まる時間。

子供がみるものだったアニメが、深夜の見てはいけない時間に始まる興奮。


少年だった店主の眼の先には"サムライチャンプルー"の世界が広がっていた。

スタイリッシュな作画と、異世界を感じるOP。

ピアスをしてブレイクダンスしながら人を斬るサムライがかっこよかった。



当時大好きだった作品 カウボーイビバップの監督が作る新作ということで、深夜にこっそりと見ていた。

その世界の根幹を作っていたのがnujabesだった。


サムライチャンプルーとnujabesが繋がっていなかったのだが、No Room For Squaresのスピーカーから聞こえる音の記憶を手繰り寄せて調べてみると、きれいに繋がった。


あぁ、私の記憶に大切な音楽は存在していて、それは音楽として聴いていなかったのだなと、三十路も過ぎた独身男性が独り感動する姿はあまり見せたものじゃない。


忘れていた何かって、またフとした所で見つかるかもしれない。

それが嫌っているイベントがきっかけだとしても、ありがたく思うようにしよう。

閲覧数:109回0件のコメント

最新記事

すべて表示

久方ぶりに遠出をする。 半径1キロ以内で生活している私にとっては乗り換え一つするだけでも遠出な気持ちだ。 店を開けてから数年、随分幼い感覚になったものである。 遠出をするという事実に気持ちが昂り過ぎて持ってくるはずの小説を忘れてしまった。 少しどんよりとした雲を涼しい場所から眺めては、あの話の展開について思いを馳せる。 そんなことをしていると、両の眼から入ってくる情報は脳に届かずに体内で悲しく彷徨

良く"死ぬ時は良い人生だったなぁ"と思って逝きたいという話を聞く。 良い人生とは何か。店主はよくわからない。 多分、ずっとわからないのだと思う。そんな気がするのだ。 だから、店主は死ぬ時まで頑張った人生だったと思いながら逝きたい。 どれだけ辛い事があろうと、どれだけ人に笑われやうと、頑張り続けて終わりたい。 店主

昔から帰属意識が嫌いだった。 学校も、家も、帰る場所としての機能は無かった。 だからこそ、近しい人の意見に左右される事なく今までやってこれた。 もし、居心地の良い椅子が目の前にあったとしても、その椅子から立たなければならない。 或る人が、私ではない人に言っていた言葉が強く刺さる。 "居心地の悪い所にいる事は大切なことだよ" No Room For Squaresは動く事が出来ない。 だけれど、精神